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大阪高等裁判所 昭和47年(く)73号 決定 1972年11月30日

主文

原決定を取り消す。

本件保釈取消請求を却下する。

理由

<前略> 原裁判所は被告人に対し、(1)、神戸地方裁判所昭和四七年(わ)第一二〇号覚せい剤取締法違反被告事件(同年一月二六日勾留)について、同年二月八日保証金二〇万円で、(2)同裁判所同年(わ)第一九一号銃砲刀剣類所持等取締法違反・火薬類取締法違反被告事件(同年二月一〇日勾留)について、同年二月一九日保証金一五万円で、(3)、同裁判所同年(わ)第六一一号傷害被告事件(同年四月二三日勾留)について、同年五月四日保証金一五万円で、各保釈許可決定をし、被告人はその都度釈放されたこと、右各保釈許可決定には、「七日以上旅行をしたり又は転居する際は、事前に書面をもつて裁判所に届け出て許可を受けること」との条件が付されていること、ところで、右(1)、(2)の事件を併合した事件の第三回公判期日であり、かつ、右(3)の事件の第一回公判期日にあたる同年六月一日午後一時の公判期日に被告人が出頭しなかつたため、原裁判所は同日職権で、正当な理由なく公判期日に出頭しなかつたことを理由として、右各保釈許可決定を取り消し、かつ、保釈金全部を没取する旨の決定をしたこと(以下この決定を第一次保釈取消決定ともいう)、右決定に対しては弁護人から抗告の申立がなされたが、その理由は要するに、被告人は右六月一日公判に出頭するため、自動車を運転し、所用先の奈良から神戸市へ向う途中、自動車が故障し運行不能となつたため、修理工場に救援を求めるなどしているうちに時間が経過し、所定の午後一時にはとうてい出頭できないことが明らかになつたので、弁護人の事務所へ電話をし、同事務所の事務員に右事情を弁護人に連絡してくれるよう伝言しておき、そのまま帰宅したのであつて、裁判所へは弁護人から右事情を説明して諒解を得てくれるものと軽く考え右公判期日に出頭しなかつたのであるから、その不出頭は結局正当な理由によるものであるというものであつたところ、抗告審である大阪高等裁判所は、自動車修理工場の証明書を取り調べ、被告人および弁護人の陳述を聞くなどの事実取調べをしたうえ、弁護人主張の事実を認めたうえ、被告人の右公判期日への不出頭は、自動車が故障したため間に合わなくなつたもので、やむを得ない事由によるものであると判断し、刑事訴訟法九六条一項一号にいう「正当な理由がなく出頭しないとき」にあたると解するのは相当でないとして、同月二〇日、第一次保釈取消決定を取り消したこと、右取消決定に対しては特別抗告の申立はなく、同年七月二日右決定が確定したこと、ところが、その後検察官の調査により、前記六月一日被告人の自動車が故障したとの事実は全くなく、さきの抗告審で提出した前記証明書は、被告人が知人を介して自動車修理工場の係員に依頼し、保釈取消を免れるために作成して貰つた内容虚偽のものであり、同日の公判に被告人が出頭しなかつたのはもつぱら被告人においてその公判期日を失念していたことによるものであることが判明するとともに、さらに被告人が原裁判所の許可をうけないで、同年六月一一日から同月一八日までの間、広島県因島方面に旅行していたことも判つたので、同年一〇月六日、検察官から同法九六条一項一号および五号に違反したことを理由として前記各保釈の取消請求がなされ、原裁判所は翌七日右検察官の請求をいれて、(一)、被告人は、昭和四七年六月一日の公判期日に正当な理由がなく出頭しなかつた、(二)、被告人は、裁判所の許可をうけることなく、昭和四七年六月一一日から同月一八日までの間、広島県因島方面に旅行して指定条件に違反した、との二個の理由で、前記各保釈を取り消し、かつ、保証金全部を没取する旨の決定をしたこと、以上の事実が認められる。

そこで、右(一)、(二)の理由により原裁判所が前記各保釈の取消決定をしたことの当否を検討することとする。

(一)について

所論は、原裁判所が右(一)の理由で前記各保釈を取り消したことは上級審の裁判の拘束力を規定した裁判所法四条に違反すると主張するので、まずこの点について案ずるのに、同条は、審級制度を前提とする規定であつて、上級審裁判所がある事件についてした下級審裁判所の裁判を不当として破棄または取り消してその事件を下級審裁判所に差し戻しまたは移送をした場合において、その差戻しまたは移送を受けた下級審裁判所は、当該事件に関するかぎり、上級審裁判所の示した判断に拘束され、これと異なる判断をすることができない旨を定めたに過ぎないから、本件のように、差戻しまたは移送された事件にかかるものではなく、第一次保釈取消決定およびこれについての抗告審の決定とは別個独立になされた保釈取消決定については、たとえ同一事項を判断の対象とするものであつても、同条の適用はなく、原裁判所は、原決定をするにあたり、同条によつては右抗告審の決定に示された判断に拘束されるものではないと解すべきである。したがつて、同条違反をいう所論はこれを採用しがたい。しかし、だからといつて、さきの抗告審の決定になんらの拘束性もないと解するのは早計である。

一般に、裁判が通常の方法で不服申立ができない状態(形式的確定)になつた場合、その裁判の判断内容である一定の法律関係は確定し(内容的確定)、その内容的確定力により、その後においては同一事項について異なつた判断内容の裁判をすることはできないと解するのが相当である。けだし、ある裁判で一定の判断がなされその裁判が形式的に確定したのに、その後になつてその判断が誤りであつたとしてこれと異なる判断内容の裁判をなすことを許すとすれば、判断対象たる法律関係はいつまでも確定せず、法的安定性は遂に得られないこととなるからである。そして、このように裁判が形式的に確定した場合に内容的確定力を生ずることは、その裁判が終局裁判であるときは言をまたないところであるが、それが終局前の裁判であつても、たとえば訴訟指揮に関する裁判のように、それ自体独立の意味を有するものではなく、もつぱら訴訟の適正円滑な進行を図るためのものであり、それ故に訴訟の進行状況によつては適宜変更することも予想され、ひいてその判断内容自体確定的であるとはいえない種類のものは別として、そうでないかぎり、異なるところはないというべきである。これを本件のごとき保釈に関する裁判についてみると、それは訴訟指揮に関する裁判等と異なり、単に訴訟の進行のみ奉仕するものではなく、むしろ被告人の拘禁よりの解放に関する事項を内容とするものとして、それ自体独立の意味を有するものというべく、したがつてこれについては、裁判一般の例に従い、それが形式的に確定することによつて内容的確定力を生じ、その後に生じた事情を理由とする場合のほかは、さきになされた裁判と異なる判断内谷の裁判をすることはできないと解するのが相当である。そして、このことは、たとえさきの裁判がその後発見された資料によつて誤りであることが明らかになつた場合であつても異なるところではない。けだし、このような場合には、資料こそ新たに発見されたものであるとはいえ、その資料によつて証明しようとする事実自体はさきの裁判の際に存在したものであるから、その裁判の際に調査を尽くし誤りを是正しておくべきであつたのであり、これをしないで、その裁判が形式的に確定した後に、新たな資料を発見したことを理由に、同一事項についてさきの裁判と異なる判断内容の裁判をするがごときは、いたずらに(すなわち、公訴取消後の再起訴に関する刑事訴訟法三四〇条、再審に関する同法四三五条等に類する規定もないのに)さきの裁判の内容的確定力を否定するものであつて、とうてい認めがたいところである。

そこで、本件についてこれをみるに、第一次保釈取消決定に対する抗告審の決定が、被告人が前記六月一日午後一時の公判期日に出頭しなかつたのはやむを得ない事由によるもので、刑事訴訟法九六一条一項一号にいう正当な理由がなく出頭しなかつた場合にあたらないと判断したことは前叙のとおりであるから、右判断内容は、右抗告審の決定の形式的確定とともに内容的にも確定し、その内容的確定力により、その後において同じ公判期日への不出頭を理由に抗告審決定に反する決定をすることはできないといわなければならない。そして、右抗告審決定において資料とされた前記証明書および被告人の陳述内容が虚偽であり、ひいて被告人の不出頭が正当な理由よるものでないことがその後に判明したとしても、それによつて右内容的確定力を否定することができないことはさきに説示したとおりであるから、このことを看過し、被告人の右不出頭が正当な理由によるものでないとして保釈を取り消す旨さきの抗告審決定に反する判断をした原決定は違法であるといわなければならない。

(二)について

被告人が裁判所の許可をうけないで、同年六月一一日から一八日までの八日間広島県因島方面に旅行したことは前記のとおりであつて、その旅行期間を一一日から一七日までの六日間という所論は、帰宅の日を誤るとともに日数計算をも誤つたものというべく、採用しえないのであるが、それにしても許可条件を超過した日数は二日に過ぎず、そのために、またその後においても訴訟の進行に支障を生ぜしめたとの事実も認めがたいから、右無許可旅行の事実のみを捉えて直ちに保釈を取り消すことは、裁量権の範囲を著しく逸脱したもので、不当といわざるをえない。<後略>

(河村澄夫 瀧川春雄 岡次郎)

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